本感想

バック・トゥ・ザ・19世紀『馬車が買いたい!』感想

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私は基本的にはハードカバー単行本を買いません。
何故なら(物理的に)重くて、読んでいて腕が疲れるから。
なので新刊本などは文庫落ちするまで読まないのですが――
(電子書籍端末などというハイカラな物は持っていない!)
稀に、読みたいのに幾ら待てども待てども文庫化しない本というのも存在していて‥‥
そんないつまでたっても文庫化してくれなかったので買っちゃったよぉ!というハードカバーの本作。
鹿島茂『馬車が買いたい!』

本書は19世紀パリにおける市井の暮らしの様子や価値観を主に馬車という物に着目しつつ読み解いていこうという趣旨の解説書です。
今日においてもセダントラックでは乗り手の用途が異なっていたり、同じセダンでもカローラクラウンじゃ乗り手の社会的ステータスの違いまで透けて見えたりしますよね。
馬車も同じで、所詮は一移動手段でしかない物ではありますが、乗り手の用途やニーズに合わせて色々な種類の馬車があるのです。

凱旋門からコンコルド広場まで約3キロにわたって延びるシャンゼリゼ通りでは日中は上流階級のご婦人たちが無蓋の馬車に乗りこぞってくり出し、ある種のパレードの様相を呈していたそうです。
なぜに無蓋かと言いますと、道行く紳士たちに自身の着飾った姿を見てもらいたいから、いうなればファッションショーにおけるランウェイのような感覚。
夜になるとご婦人達は観劇や舞踏会へとくり出すのですが今度は有蓋の馬車を使うというのが暗黙の了解となっており、今も昔も変わらず金持ちは何台もの自家用車を所有しその時々に合わせて使い分けていたようです。

またこの手の社会的ステータスの誇示という目的以外でも、当時のパリ市街は路面にゴミ(汚物)が散乱・堆積し、徒歩で歩こうものなら靴や洋服が泥まみれになってしまうほどだったそうで、汚れるのを防ぐという実用面でもパリで暮らす者には馬車は必要な物だったんです。
こういったことを踏まえて読むと、本作でも引き合いに出されていますがバルザックの『ゴリオ爺さん』の序盤でラスティニャック青年レストー夫人宅で手痛い失態を演じ肩を落として邸を後にしたところで降り始めた雨空を見やり「やれやれ」と嘆息するシーンの重みが全然違って見えます。

パリの中で生き、目で見て肌に触れながら執筆された当時の文豪たちの作品にはこの手のライフスタイルと密接な関係を持つ馬車描写が細かく描かれており、本書でもバルザックフロベール等の作品から引用を交えつつ各登場人物たちの目線で市井を眺めるかのような感覚で解説してくれています。
本書を読んだ後で『椿姫』や『ナナ』、『レ・ミゼラブル』などをパラパラと捲り返してみると上記のように最初読んだときには気づけなかった、拾いきれなかったような描写もチラホラと見つけられて面白いです。

馬車の他にも当時の人々がどういった場所で食事をしていたのか、寝泊りをしていたのかといった解説もページを割いてなされています。
これも収入の多寡によってそれぞれ全然違うんです。
当時の物価も照らし合わせて市民たちの家計簿を読み解いていくくだりは非常に興味深かった。
欲を言えば硬貨図版がちょっと載っていたことだし、紙幣小切手図版も少し載せて欲しかった。
あとはパリ内の通りや公園、建築物などの紹介もされているのだが、現在まで残っているものであればググれば位置情報もわかるがそうでない物もあり、できれば地図も合わせて解説して欲しかった。
あれが欲しい、これが欲しいと無い物ねだりするのも横着者と思われそうですが‥‥。

本作を通して個人的に一番驚いたのは「洋服の価値観」が今とは全然違うということです。
まだ大量生産の既製服が無かった時代、洋服は全て職人が一着ずつ仕立てる物だったのでとても高価な資産価値があるものだったんですね。
賭博場の脇にはたいてい古着屋があって賭け事で負けた者が着ている服を売り払い纏まったお金に換えたりしていたんだとか。
以前紹介した同氏のパリ・世紀末パノラマ館でも既製服が出回り始めるのは1855年のパリ万博でのお披露目以降と解説されてありましたね。
この手の既製服を宣伝するために当時のデパートが作成した広告チラシが沢山収録されているベル・エポックの百貨店カタログもついでにオススメしておきます↓

19世紀という時代は街の様子から市民生活までたった100年という期間でガラリと見紛うほどの変化を起こすとても魅力的で興味深い時代だということを再認識させられました。
読み終えてから少し期間が空いてしまったので内容を思い出しつつの超ザックリとした紹介になってしまいましたが、19世紀フランスタネ本をお探しの方にはピッタリの一冊だと思います。

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