本感想

ハードボイルド冒険活劇!小説『深夜プラス1』ギャビン・ライアル著

投稿日:2017年3月10日 更新日:

冒険小説の言わずと知れた名作『深夜プラス1』を読みました。
今は新訳が出ているそうですが、私はずっと以前に買ったまま積んでいたものを引っ張り出してきたので旧・菊池光訳の感想になります。
まだ読んでない本が沢山積んであるのに本屋に行くとついうっかり衝動買いしてしまうから積み本がどんどん増えていって困ります。
ラシーヌの『フェードル』とか3年ぐらいは埃を被ってるんじゃないだろうか。
閑話休題、本作の話に戻りましょう。

あらすじ
主人公は第二次世界大戦時に「カントン」というコードネームで活動していたイギリスの元諜報員ルイス・ケイン。
現在は軍を離れ、金次第であらゆる揉め事解決を請け負うビジネス・エージェントの彼の元にかつての同志で弁護士のアンリ・メルランからとある依頼を請ける。
婦女暴行の濡れ衣でフランス国家警察から指名手配されている大富豪マガンハルトをブルターニュからリヒテンシュタインまでドライバーとして送り届けること。
同じくアンリに雇われたアル中ガンマンのハーヴェイ・ロヴェル。大富豪マガンハルトに同行する美人秘書ヘレン・ジャーマン。
警察の検問や敵対組織の妨害を掻い潜り、4人は陸路でリヒテンシュタインを目指す。

あまりこの手のハードボイルド小説は普段読まないので、ワクワクしながらページを繰るという感覚を久しぶりに味わった気がします。
大沢在昌とか福井晴敏あたりにハマって夜更かししてた中学生の頃を思い出しました。

主人公一行はフランスのブルターニュの海岸からスイス・ジュネーブを経由しリヒテンシュタインまで車や列車などの陸路で向かうのですが、所々で実在の地名などが出てくるのでグーグルマップで旅のルートを実際に辿りながら読むと楽しさ倍増です。
実際にフランス-スイス国境に接するところにあるコアントラン空港や、リヒテンシュタインに入る直前の地名マイエンフェルトやフレッシャーベルクなどなど‥‥すべての地名を探すのは骨が折れますが、六畳間に居ながら世界を旅した気分に浸れるとは良い時代になったものです。
「水曜どうでしょう」の欧州車旅に近い楽しさがあります、コメディじゃなくてサスペンスですが。
サスペンスを演出する一要素、到着までのタイムリミットが本作のタイトルであり「明晩24時01分」、つまり「深夜プラス1」なのです。

主人公ケインや用心棒ハーヴェイ、フェイ将軍ら、裏社会で生きる者の考え方や物の見方にもいちいち痺れます。
銃を持つ生き方しか知らない彼らは第二次世界大戦が終わって10数年経つのに未だ戦いの中にしか自分の居場所を見つけられない。
プロとは仕事であらば平気で殺人ができる者だと言いつつ冒頭でケインとハーヴェイが最初に取り決めたルールが「警官は殺さない」という辺り既に自己矛盾を抱えているのが面白い。
ハーヴェイは殺人が否応無く付きまとう自身の稼業について中々折り合いをつけられずアルコール中毒に陥っており、酒が切れると手が震えてまともに銃を握れないし、酒が入ってもベロベロになって仕事にならない。
彼が優秀なガンマンであるためには震えが止まる程度、動きが鈍くならない程度に飲むしかなく、その境界は非常にシビアで曖昧だ。
ハードボイルドを気取っているが内実ひどく繊細な男で死体の検分や処理をすれば内心取り乱し、自身が仕留めた襲撃者の死体を見下ろして「ばかなやつだ。こっちが本気だということがわからなかったのかなぁ」と感傷的に呟いたりする。
その点ケインは自身の正当性ついて理論武装でガチガチに自己防衛している。
大戦下でレジスタンスの支援活動をしていた頃のことも「戦いはすべてフランス人がやった。私は鉄砲に弾をこめてやっただけ」と直接関与を否定したり、フェイ将軍との会話「私?自分がつねに正義の側に立っていると思いこむんですよ」といった発言から体裁は上手く取り繕っているようだ。
しかしこの小説が一人称で書かれているので読者にはケインもハーヴェイと同じく内心かなり感傷的に物事を観ているのが分かり、きちんと感情移入できる人物になっている。
最終決戦の直前ではとうとうハーヴェイに「おれがこれっぽっちでも好きでやっていると思ってるのか?」本音をぶちまけるシーンもあり、道中もずっとハーヴェイの状態を常に気遣っていたり、最後にケインが取る行動も「どんだけコイツはお人好しなんだよ!」って感じです。
本作のヒロインと言っても良かろう主人公一行の紅一点ヘレン・ジャーマンも物語に絶妙なスパイスを加えていると思います。
道中度々どこかへ電話を掛けに行くのですが「絶対コイツ内通者だろ!」って感じで早く吊し上げられないかなぁ~なんて思っていたのですが、完全にしてやられました。
ロールス・ロイス・ファントムⅡを駆るヒロインなんて、どういう脳みそしてれば思い付くんでしょうか、ライアル先生。

惜しむらくは著者がすでに他界されており続編は無いということでしょうか。
ぬぅああッ!もっとカントンの活躍が読みたかったぁッ!!
ライアル氏は物語のリアリティを担保するため綿密な調査を行っていたようで、「シチュー鍋で溶かした鉛から弾丸を鋳造することが果たして可能か否か」「リヴォルヴァーの銃口から飛ぶ火花は皿に注がれたガソリンに着火するかどうか」といったことを逐一実験してから執筆していたそうです。
ゆえに非常に寡作な作家で邦訳されている書籍も限られているのですがその他の作品もいつか読んでみたいです。
スティーブ・マックイーンが本作の映画化権を買い取っていたそうですが日の目を見ることは無かったようで、今となっては残念でなりませんね。
最後に本作の中の数ある名台詞の中から一番好きなケインの台詞を引用して本記事を締めたいと思います。

<一万二千フランというのは計算することができる。これでは少なすぎると言って断れば受け取らなくてすむ。
だが、カントンであるというということは計算できない。――>

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